"血をもって書け。そうすればあなたは、血が精神だということを経験するだろう。"

ドイツは世界で何と呼ばれているか

いろいろな言語を眺めていると不思議に思うことがある。
イギリス、フランスやイタリアのような国名はどんな言語でもほとんど類推がきいて変わらないのに、いろんな呼び名で呼ばれる国があるのだ。ドイツである。


ドイツの高校生が、見聞を広めるためふらっと欧州一周のグランドツアーに出るところを想像する。
隣国のフランス人は何故かドイツのことをAllemagneと呼んでいることに気づく。なんだこれは。
イタリアではGermaniaと呼ばれる。タキトゥスを生んだ地だ。これは英語に似ているからよしとしよう。
スロベニアからポーランドまで北上する間、鉄のカーテンと言われていたラインに沿った国々ではことごとく、Nemtsyという見たこともない東欧の川に因んだ名前でDeutschlandを呼ぶことがわかる(この由来には異論がある。後述)。
フィンランドのほうまでいくとDeutschlandはSaksaと呼ばれている。Saxonだって?民族大移動の頃の話かよ。
帰国して興味を持ち調べてみると、日本ではドイツと呼ぶらしい。俺達自身の呼び名Deutschlandを一番重んじてくれているのは意外にもユーラシアの反対側のあの島国なのか...
云々。(ちなみに自分はドイツに行ったことはないしドイツ人の知り合いもほとんどいない)


いったいどれくらいの種類の呼び名があってどう分布しているのだろう。
JQVMapでこの多様性を可視化しようとしてみた。
Names of Germany - JSFiddle


データを作るのが意外に大変だということを学んだ。
世界各国の名前と場所やサイズ、そのあたりの主要言語や語族というドメイン知識はある程度頭に入っていることが前提。でないと全部フラットに調べることになる。

  1. Google Translateで翻訳を調べる。
  2. Google TranslateでわからないものはWikipediaを見る。「ドイツ」のページの各言語版を見るために、各国の言語のそれ自身での呼び名を調べる。
  3. 発音がわからないのはForvoで確認する。
  4. Forvoでも発音データがないものはアルファベットの発音をWikipediaで確認する。
  5. JQVMapの国の指定はトップレベルドメインなので、ドメインを調べる。

全体的に見栄がよくなるよう面積が大きめの国から埋めていく。(ちゃんとやるならこれはよくないですね。。)


可視化をやってみたいので手探りでやってみたが、JQVMapでできる可視化は行政単位であって言語単位ではないので限度がある。多言語国家はどうしようもない。
途中でもっと精度のよいものをみつけたのでこれ以上集めるのはやめにしたが、このページのそれぞれの種明かしはなかなか示唆的だと思うのでゆっくり紹介したい。*1


東欧でのドイツの呼称は先述の河川の名前よりも、再建されたスラヴ祖語において「我々のように言葉を喋れない人々」němьcьから来ていると考えるほうが説明がつくという。
一方、slavというのはロシア語のслово「言葉」と同根であって、slav=「(我々の)言葉が通じる人」、nemets=「(我々の)言葉が通じない人」という区分の認識が後に民族に対する認識となり、やがて非スラヴ系のハンガリー人やルーマニア人にまで浸透した。
まるでギリシア人が非ギリシア系の人々をバルバロイ=「訳の分からない言葉を話す人」と呼んだのが英語のbarbarian「野蛮人」になり、今度は英語話者が自分の理解できないものをIt's greek to me.と投げ出すのに似ている。


フランス人による呼称Allemagneはゲルマン祖語のAlamannizに因み、この語の後半は英語のmanと同根で「人々」を意味するという。
ドイツ人自身の呼称の語源Diutiscももともとゲルマン祖語のÞeudiskazでこれも人々という意味である。チュートンも同じ語源。diutiscの対義語はwalesc「外国人」で、これは後にウェールズやワロンの語源となった。
ラトヴィア語のVācijaとリトアニア語のVokietijaも一説には印欧祖語のwek「話す」に由来するという説がある。


民族や言語の名前が「人」や「言葉」(やその対義語)のような単純な意味から来ているという例は珍しくない
社会の間の交流がないうちは、それが全体で唯一であるようなものに対して特別な言葉を与える理由がないからだ。


さて、最後はスラヴ人の話だが、歴史の中で没落していき、支配者となったラテン語話者たちによって売買されていった。この過程でslavからslave(奴隷)という言葉が生まれたと言われる。
言葉の分け目が人間の分け目だった時代の業を感じずにいられない。
悲しい歴史だが、このネジを巻き戻して奴隷の呼び名を変えようという人はまずいないだろう。
現代では奴隷という仕組み自体に目を向ける人が多くなっているのだから。


*2

*1:「ドイツの呼称だけがこんなに多いのか」「そうだとしたらそれは何故なのか、統一が遅れたからか」など最初の不思議を説明できないのが苦しいが、同じく統一が遅れた国家であるイタリアとの違いについてなど正しく知る必要がありそうなので歴史の専門家にいったんお任せしたい。

*2:ところで、引き合いに出すには恐縮だが、ドイツと言語地理学といえばWenker文例というものがある。 Georg Wenkerという言語学者が1876年、標準ドイツ語で書かれた40の文例を全国の小学校に送付し、現地の方言に翻訳して送りなおすよう依頼し、それをもとに手で方言地図を作ったのだ。それもなかなか大変な試みだったに違いない。

「だから」の用法

「何食べたい?」
「だから、かき氷」

これは道を歩いていて実際に耳にした父子の会話である。子供は5歳くらいで、容易に想像できるように既に少しいらついている。
こんな単純な文章で普通気になることはないが、この「だから」をちゃんと考えてみるとよくわからない。

例えば学校教育などで日本語学習を始めた話者の立場であれば、「だから」はおそらく「AだからB」という因果関係を表す言葉として教わるものだろう。
それでは説明がつかないので改めてオンライン辞書などを見ると、単純に因果関係とは解釈できない例を挙げているものは少ないながらある。

〔助動詞「だ」に助詞「から」が付いたもの〕 それゆえ。そんなわけで。 「なに,壊した。-,注意したのに」 「 -言わないことじゃない」

大辞林 第三版 (三省堂)

もう少し説明らしいものを求めると

「だから」は、結果が、事前に容易に予想されたとおりになった場合には、後に続く事柄の原因となった前の事柄が述べられなくても、「ごらん、だからやめろと言ったじゃないか」のように用いることができる

類語例解辞典

因果関係の用法と無理やり紐づけるようにこの用法を言い直すと
「今起きていることは私には分かっていたが分からない人には分からない、だから私は言っておいたのだ(もっとも、言ったところで無駄だったが)」
のようなニュアンスになるだろう。

これでも冒頭の例はまだ説明が難しい。
子供はかき氷を食べたいと既に一度父親に伝えているだろう(まだ伝えていないのに「だから」という言葉を使うようならさすがに早めに直してあげた方が苦労しない気がする)。
しかし、父親がそれを忘れてしまうことを事前に予想していたかどうかまではわからない。
子供が敢えて「だから」を使った気持ちを仰々しく言えばこんなところだろう。

「あなたは1回言っただけでは忘れてしまうようだ。だから私は先ほども言ったことをもう一度言う。かき氷を食べたい」

念のため英語への機械翻訳を試したが案の定SoかThereforeである。
逐語訳ベースでは「だから」が単なる因果関係なのか、より豊かな文脈を持った用法で別の訳を施されるべきなのか判断できないのだろう。
言語学でも自然言語処理でもこのような例文を考えることはあるだろうし素人でもすぐにあれこれ思い至るが、文脈を含む発話について筋道立てて考えるのは、子供の単純な発話で辞書を使ったとしても一手間かかる。

補足

因果関係をずらしてみると、以下の解釈の方がすっきりするかもしれない。
「あなたは人の話を聞かない、だから私が言ったにもかかわらずこうなったのだ」
しかしながら、ここから冒頭の用法へは展開しづらい。
だからあなたは忘れたのだ」
と突然言われても、という感じがする。

追記

とぅぎゃりました。
「だから」の用法 - Togetterまとめ

とあるタタール語話者との文通記録

発音集積サイトForvoは、普段学習しない、馴染みのない言語の発音も聞けて楽しい。
ある日発音されている言語ランキングを何気なく見たところ
1.ドイツ語
2.英語
3.ロシア語
4.タタール
5.ポルトガル語
となっていた。
なんと、タタール語(主にロシア領土内の地域語、母語話者800万人程度)というとてもメジャーとは思えない言語が入っている。
何が起こっているのか。


ユーザランキングを見ると、AqQoyriqさんという上位ユーザーが91,186件の発音を入力していた。
コレダ。
これは500件/日ほどのペースで発音を入力し続けた結果のようだ。
不可能ではないが、驚嘆すべき数だ。


少数のユーザーに頼っていて大丈夫なのかとは思うが、このようなユーザーはきっと言語学的には感謝すべき存在なのだろう。
危機言語のサンプルの収集は一般的に難航する作業だと思うので、このサイトが当該研究に貢献していることを願うばかりだ。
それにしてもストイックな執念で単語を発音し続ける彼は一体何者なのか。。
というのが当然気になるので、メールで質問してみた。
何この夏休みの自由研究。

英語は得意ではありませんがご質問にお答えします。ドイツ語ならむしろよかったのですが。

意外。ドイツ語なのは社会的な要因なのか個人的な要因なのか。

Q.あなたはネイティブのタタール語話者ですか?それともタタール語を話すロシア語話者ですか?

A.タタール語話者でロシア語、バシキール語、わずかながらマリ語(meadow Mari)も話せます。
ヨーロッパの言語やロシア語から借用されたマリ語の単語のみをForvoに記録しています。
正確なマリ語の発音はモスクワのErviyさんが記録しています。
タタール語とマリ語の語彙の30,40%くらいは共通していますが、発音は違います。

あれ、記録されているのはタタール語の発音ではないのか。

Q. 若い人と高齢の人の話すタタール語は違いますか?

A. そう思います。

どう違うのかもう少し掘り下げられる聞き方にすべきだったか。

Q.タタールスタンでロシア語のみを話したり書いたりしなければならない状況はあるのでしょうか?

A.ロシア語しか話したり書いたりしない人はタタールスタンにたくさんいます。

これも質問の意図が伝わらなかったか。強制される状況があるかどうかをきいてみたかった。

Q. ロシア政府のタタール語への扱いには何か問題があると思いますか? ほかの言語はどうでしょう。

A.我々は既存の問題を文明的で平和的な(civilized and peaceful)方法で解決しています。

うーむ、もう少し具体的に聞くべきだったか、気軽に踏み込むべきでないような領域か。

Q.ForvoやLang-8.comのようなサイトでほかの言語を学んでいますか?

A.はい、しています。

ぐぐ、どこで何をどう学んでいるのかもう少し知りたい。

Q.タタール語に近い言語(トルコ語トルクメン語、バシキール語、カザフ語などの)話者とのコミュニケーションはどれくらい難しいと感じますか?

A.テュルク諸語(Turkic)の話者の大半はタタール語をよく認識(well aware)しています。
現代タタール語は事実上、その(テュルク諸語間の?)コミュニケーションにとって普遍的な(universal)言語です。

詳しく答えてくれた。
こちらから示していないテュルク語という言葉が出てきたことから、(1)英語がTurkic/Turkishの区別されていない(2)テュルク語という枠組みがテュルク諸語圏では一般教育レベルで教えられているのでもない限り、この人は言語学者か、言語学について興味がある人と想定できそう。
もっとも、Forvoユーザーであることを差し引くと不思議はあまりない。

Q.タタール語は危機に瀕していると思いますか?

A.タタール語は生き残るし進化していくに違いないと思います。

何かしらの危機意識から言語保存の動機があるのではと決めてかかっていたが、タタール語がある意味lingua francaであることを示す7.の回答に照らすと、これは愚問だった。
話者数だけでみると、テュルク諸語ではトルコ・アゼルバイジャンウズベク・カザフ・ウイグルトルクメン語に続いてタタール語話者はそれほど優勢とは思われないため、「普遍的〜」についてはどう解釈してよいか迷うが、ロシア連邦内に限ってみればタタール語話者の相対数はロシア語に続く規模になるようなので、そういう意味かもしれない。
Turkic languages - Wikipedia, the free encyclopedia


タタール人ですかという質問はどう発展するのか予想できないのでやめておいた。
タタールの軛というロシア人の歴史認識を示す言葉を世界史で習うが、タタール系譜がそれほど単純でないことと、自分には正確にはどのようなニュアンスの概念なのか分からないので、ここでは触れない。


インタビューとしてみるとあまりよい例ではなかったように思える。
思った通りの情報をもらうのは意外に難しく、後から思えばより質問を工夫すべき点はあった。Yes/Noベースのやりとりに終始しないようにまず注意できていなかった。
またForvo上で送れるメッセージの文字数上限が1000字であることから、一度にたくさん質問しすぎたのも問題だった。やりとりを続けたい気持ちが残る。
とはいえ、見ず知らずの日本人からの質問に対して返事をもらえるだけでまず感謝すべきだし、テュルク諸語のバックグラウンドをろくに持たずにに進めるのは何か違うので出直すべきかもしれない。
一度ここでお礼を言って終わりとした。


おっと、日本人としてはこういった発音サンプルが求められているようなので、give and takeで発音入力していかねば。(語の選定が謎ですが)

http://ja.forvo.com/languages-pronunciations/ja/

言語と思考

言語が思考を規定する局面があるかといえばおそらくあるように思える。

個人差はあるのかもしれないが、自分の場合は、英語を話すときは「何でもやってやろう」という無軌道で開けっぴろげな気分になる。

東京に住む日本人としては専ら標準語を話すため、方言が出ないですねとよく言われる。

こっそり楽しんでいることの一つに、気づかれるまでは東京人に紛れておき、自分に一種の小さな秘密を纏わせることで話を広げるというつまらない趣味がある。 

だから方言が出ないと言われるとほくそ笑みながら出身を明かす。

あまり東京で聞いたことはないがこういうのを「いやらしい」という。

 

しかし、より根本的な理由があるのではないかと薄々感じている。

mother tongueとともに脳内にこびりついた閉塞的、保守的、差別的、因循的、感情的なものの見方を振り払って話したいのだ。

大人になって知り合った人たちの、理性と志に満ちた自由な精神のことばとして意識的、無意識的に標準語を選び取っている。

そういえば聞こえはよいが、単に流されやすいだけともいえる。

 

危機言語の保存に興味はあっても、自分自身の言語使用については無節操だ。

そう怒られてもしかたない。

気休め程度の言い訳をすれば、方言が嫌いなわけではないし、故郷の人に囲まれるときはちゃんと方言になるのだ。

やはり流されているだけか。

 

「〜的の」という日本語

昔の本を読んでいると「〜的の」(あとには名詞が続く)という日本語が結構出てくる。
現代では形容動詞の「〜的な」が一般的になっておりほとんど見かけない(少なくとも国語の授業で習ってはいない)ため、見かけるたびに気になるのだが、言及しているWeb上の情報をあまり見たことがないので少し例をまとめる。
都度メモしてはいないのでコーパス少納言」で「的の」という文字列で検索し調べてみた。
http://www.kotonoha.gr.jp/shonagon/

「がんらい円とか直線とかいうのは幾何学的のもので、あの定義にあったような理想的な円や直線は現実世界にはないもんです。」
(夏目 漱石 1867,吾輩は猫である (上) (ポプラ社文庫―日本の名作文庫) 1905)

この歌に限らず、すべて敍景を本位とした寫生的の歌は、特殊の場合を除く外、たいていは俳句にした方が效果的である。
(萩原 朔太郎 1886,萩原朔太郎全集〈第7巻〉歌論・俳論 (1976年) 1987)

「隠れたる我が太陽を、潜める天才を発現せよ、」こは私共の内に向つての不断の叫声、押へがたく消しがたき渇望、一切の雑多な部分的本能の統一せられたる最終の全人格的の唯一本能である。
(平塚らいてう 1886,元始、女性は太陽であった―平塚らいてう自伝〈1〉 (国民文庫) 1911)

米本国の意向を始終気に病んでいたGHQの高官連の対米的の気のつかい方は、人目にも気の毒のことはよくあった。
(白洲 次郎 1902,プリンシプルのない日本 (新潮文庫) 2001)

ただ、法人につきまして、今、世界どこでも本社を立地できる時代でございますから、法人の税負担というのはやはり国際的の水準というものがあって、それより余りに重いということは、我が国の場合いろんな意味で、これは企業ばかりでなく雇用の問題にも関係し得るわけでございますから、もう少し軽減していくべきだと思っておりますが、...
(宮澤 喜一 1919,国会会議録/衆議院/常任委員会 国会会議録 第112回国会 1988)

建築物や設備は使うことにより,また時の経過により技術的,経済的の不適応により価値を逐次減損する。
(山本 公喜 1920s,アパート経営のことならこの1冊 改訂2版 (はじめの一歩) 2005)

少し時代が下って戦中・戦後生まれになると以下のような例がある。

ところが放送を聴いていない人たちが何かはっきりした内容の発言をするとすれば,その発言は非合理的のものとならざるをえず,それは「肯定」あるいは「否定」のいずれの方向にせよ,極端なものになってしまうということである。
(真鍋 一史 1940s,ファセット理論と解析事例―行動科学における仮説検証・探索型分析手法 2002)

しかし、いわゆる科学的常識というものからくる漠然とした概念的の推算をしてみただけでも、それがいかに多大な分量を要するだろうかという想像ぐらいはつくだろうと思われる。
(松本 哉 1940s,寺田寅彦は忘れた頃にやって来る (集英社新書) 2002)

吾々が今日の蚊帳に満足せぬ迄も苦情を云わずに毎晩釣って寝て居るのは、吾等の親もその親も此れを釣って寝たというだけの理由で蚊帳といえばこんなものとあきらめて居るだけの事であろう。決して理想的の蚊帳ではない。
(町田 忍 1950,蚊遣り豚の謎―近代日本殺虫史考 (ラッコブックス) 2001)


このコーパスは著者の生年代が出てくる。
確かに文章の初出年だけでなく著者の生まれた時代も文体に影響を与えるように思えた。その順に並べてみた。

閲覧できる最初の500件のうち、「目的の」「標的の」といった文字レベルでしかmatchしていないものや、「〜的のように思える」などの現在でも違和感なく使える例があり、それらを除くと32件しか残らなかった。

思ったほどの例は集まらなかったが、検索のノウハウを積むべきところはありそう。

1960年以降生まれの例は見当たらなかったが、全ジャンルで拾うと多すぎてそのうちの一部しか見られないので書籍などのジャンルを細かく絞ってみていけば見つかるかもしれない。

また最初の500件に含まれるキーワードで改めて検索をすると別の例が出てくる。
例えば「国際的の」で検索すると、最初見つからなかった国連憲章の訳文の第1章第1条が見つかる。

国際連合の目的は、次のとおりである。
国際の平和及び安全を維持すること。そのために、平和に対する脅威の防止及び除去と侵略行為その他の平和の破壊の鎮圧とのため有効な集団的措置をとること並びに平和を破壊するに至る虞のある国際的の紛争又は事態の調整または解決を平和的手段によって且つ正義及び国際法の原則に従って実現すること。

(主な活動|国連広報センター)

最新版の訳文の年代は不明だが、1945年当時からおそらくそう変わってはいないのではないか。

ロシア語とピジン・クレオール

黒田龍之助先生の本が高校のときから好きなのだが(ビブリオバトルで紹介したこともあるし、先日は神保町の三省堂で行われた講演を聴きに行くことができた!)、『ことばは変わる ─ はじめての比較言語学』にはピジンクレオールの話が紹介されている。 

ロシア人とノルウェー人の漁師の間の対話を容易にするための道具として、ピジンのルセノルスク語(Russenorsk)が、ロシア語とノルウェー語という2つの印欧語の接触によって生まれた。このピジンは、現在ほとんど消滅している。

これはロレト・トッド『ピジン・クレオール入門 (シリーズ・21世紀の言語学)』からの引用で、 Wikipediaによればこのピジンは19世紀まで存在したという。

『ことばは変わる』にもある通り、ピジンクレオール研究は言語習得の過程に光を当てる力をもっていると考えると興味深い。

しかし、ピジンは歴史的に英語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語オランダ語などを基盤とするものが多い。スラヴ語を基盤とする例は少なく、スラヴ語を専門とする先生ご自身が少し残念がっているほどだ。 

上のもの以外には紹介されておらず、なかなかよい例がないのかなと思えるが、最近似たような事例を見たのでメモしておく。

一つめはアラスカでの事例。(アラスカでロシア語の方言発見 | ロシアNOW )

1847年に現れたこの村にはロシア人が住み、その後定住して現地の人々と融合していった。アメリカがアラスカを1867年に買収して以降、ニニリチク村のロシアとの接触は減少し、1960年まで他のロシア語話者と会話することはなくなった。「このような辺境の地で、これほど長い期間、多くの人々の母国語としてロシア語が存在していた例は他に知らない」とベルゲリソン教授は述べた。

ニニリチク村の方言にはロシア語の普通の単語がたくさんあるものの、意味が変わっていたり、シベリアの方言、英語、エスキモー諸語、アサバスカ諸語の単語が使われていたりもしている。

またディクソンの『言語の興亡 (岩波新書)』には、ベーリング海峡のコッパー島アレウト語の例がある。 

19世紀にアレウト列島には、アレウト人と、あざらし猟や毛皮貿易に従事していたロシア人、それに、3番目のグループ、ロシア男性とアレウト女性の間にできた子供たちである「クレオール」がいた。その地域の大企業、ロシア-アメリカ会社はこのクレオールを特別な社会集団として認知し、アレウト人より優遇した。ゴロフコはクレオールが独自の民族的アイデンティティーを求め、そのために自らの言語を「創造した」と説明している。はじめは両方の言語を切り換えてゲーム感覚で用いていたのだろうが、そのうちに体系化されたのだろうというのだ。

それぞれの言語の裏に隠された物語を追っていくのは楽しいかもしれない。 

 

gameとgambleの語源

仕事に勉強に忙しい方には少し残念だろうが、ホイジンガはhomo ludens(遊ぶヒト)と言った。
ここでludensはラテン語動詞ludo/ludereの現在分詞である。
ludereは英語ではillusion(幻), allude(ほのめかす), delude(惑わす), elude(逃げる), collusion(共謀), ludicrous(こっけいな),prelude(序曲)といった単語に継承されている。
このようにギリシア語/ラテン語由来の語根は英和辞典でも注意深く見ていれば視野に入ってくるため、意味は大きく変わっても形態的にはピンと来る例が多い。


ところで、ゲーム理論ゲーミフィケーションなど凝った用語を持ち出されるよりも昔から何かしらの形で誰しもが親しんでいるgameという単語がある。
この出自はそれほど分かりやすくないので専門サイトの助けを借りてみる。
Online Etymology Dictionary
これは@taleda25さんに教えてもらった英単語の語源を遡って調べることができるサイトで、気になった単語を引いてみるだけでも暇つぶしになる。


さてgameである。
古英語ではgamenとなるが、もともと英語の祖先にあたるゲルマン祖語のga-(集合接頭辞 *1 )とmann(人)からなり、"people together"の意味であったことがわかる。
同じgamenから派生した言葉にbackgammonがある。
一方gambleという言葉がある。
並べてみないとなかなかわかりにくいが、これもgamenに由来する中期英語の方言gammlenがもとである。


ヒトが集まると書いてgame/gambleと読む。
ソーシャルゲームなどとわざわざ言葉を飾らなくとも、原始のgameの本質にはソーシャル性があったのである。そしてgambleしかり。
当然gameという言葉で示されるヒトの営みの歩みにも踏み込んでみたくなるが、なかなか示唆的ではないだろうか。

*2

*1:ただしこれは再建された祖語におけるもの、つまり文献にある語彙でなく推定された語彙である

*2:近隣言語から「遊び」の周辺語をさらに拾ってみる。 フランス語ではjeuという語がある。こちらはラテン語のjocumを親とし、英語のjoke,jestと同根である。 ゲルマン諸語にはgameと似た語が見いだされるが、そのうちのドイツ語にはgameの代わりにspielen(遊ぶ)という語がある。 同根の可能性がある英単語はspiel(長口上),spell(代わりに働く)を除けばドイツ語からの借用であり、ドイツ語特有の事情かもしれない。 残念ながら上のサイトでは英語のことしか分からないが、なぜゲルマン諸語でドイツ語だけこのようになっているのだろう。