"血をもって書け。そうすればあなたは、血が精神だということを経験するだろう。"

忘却のタンデム

粒子加速器、というと一般にCERNとかつくば、Spring-8などというのがすぐに思い浮かびますが、実は我が京大の吉田キャンパスにも加速器があります。結構知らない人が多い。というか僕も最近知りました。加速器といっても何kmもあるようなあの円形の大型加速器(シンクロトロン)をもちろん市内に作れるわけはなく、タンデムというナニソレ?的な30mくらいの加速器が、物理学棟の裏に忘れられたようにひっそりと置いてあるのです。簡単に見に入れますが、一応放射能区域なので許可がいるし、動いている間はもちろん近寄れません。作ったのはアメリカの会社で、既に倒産しているらしい。だから一度ぶっ壊れたが最後、誰も直しにはきてくれない。おそらく、理系のちょっと古くて資金力のある大学なら日本中に似たようなものがあるのでしょう。

専門の実験科目でこの古株の加速器を扱います。「四つの力」という科目で物理科学課題演習の一つなのですがまぁそんなことはどうでもよくて、結構本格的に素粒子を扱えそうなのでちゃんと勉強したいところです。今度の本実験では陽子とターゲットの弾性散乱をやることになっていて、先週はそのための増幅回路を作りました。といっても2回路のオペアンプを1個載せるだけなのですぐ終わりました。分野にもよるでしょうが、やっぱり物理やるなら回路とコンピュータをやっといて損はないと思います。次の下準備は比例計数管というのを作るそうです。

この加速器ですが、小さいといっても膨大なエネルギーを食うわけで、やはり一回動かすのにとてつもなく電気を食います。荷電粒子の軌道を曲げて調整するためにはうまく磁場を組んでやることが必要です。理系ならわかるんだけど、何が気に食わないってこの磁場は仕事をしない。磁場は大量の電気を食ってるのに、粒子は加速されないんです。シンクロトロンではないのでぐるぐる回っている間に閉回路の磁束変化率で加速されるということもない。粒子を加速しているのは磁場を作るのとは別の電気で、それはどうやって作るかというと、なんとベルトコンベアみたいなのをぐるぐる回して電荷を運ぶんです。重力でいうと、エスカレータにボールを一段一段載せて上まで持っていってためたエネルギーでどっかーんと加速する、みたいなもんです。なんとも地道。

ローレンツ祭では、どこの研究室に行ってもその測定器は1000万、その素子は1000万というのがザラで辟易でした。しかもその1000万の機器がでんと放置してあるのです。こんなところに長くいると金銭感覚が狂いそうです。加速器を一日回して飛ぶ電気代も半端じゃありません。最近の宝くじのCMではないですが、どうやら研究の世界はイッセンマン単位で動いているといっても過言ではないようです。実験の担当の先生は昔1本1万する放射線検出器を1万以上作って並べて研究していたそうです。そのときはさすがに世界中で一番安く生産してくれる所をあちこち探して、結局イタリアで作ったそうです。

その1万本の結線作業たるや、これまたなかなかのハードワーク。ENIACの17000本の真空管を彷彿とさせます。記念として一本だけ先生の研究室に残っていましたが、あとの・・・本は一体どこに消えたんでしょうか。何もかもが想像を超えていますが、理学部の電気代節約のビラはとにかくそういうわけで、僕ら学部生が思っているよりも切実な訴えなのです。人類を真理の探究へドライヴするのも、結局カネなのでした。はい。

ところでタンデムって何じゃらほい、と先生に聞いてみたら、2回加速するという意味だそうです。電荷をコンベアでぐるぐる運ぶのをバンデグラフというのですが、マイナスに帯電した粒子を加速して、そこで負電荷をはぎとって正に帯電させてからまた加速するので2回。バンデグラフ型の中でも2回加速するのをタンデムというんです。タンデムのもとの意味は2頭立ての馬車だそうです。前後二人でこぐ自転車とか、前後にプロペラがついた大きめのヘリコプターなんかもタンデムといいますね。情報処理の範囲だと、CPUを複数使うシステムの一つにタンデムシステムというのもあります。そういえば『プラネテス』にはタンデム・ミラー・エンジンというのも出てきたっけ。