"血をもって書け。そうすればあなたは、血が精神だということを経験するだろう。"

愛すべき物理屋達

半期の実験ゼミ。
メインの実験は真空度の不足という装置側の不調で失敗に終わり、中身のない結果の解析が僕らを苦しめ続けたが、それも今日のプレゼンで終わった。打ち上げで研究室の先生やTAと飲みながら色んな話ができた。ほっとけば会話が物理屋らしくなっていくあたり、やはり憎めない。総じていえば、温かい研究室だった。特にTA二人の絶妙な掛け合いがそういう空気を作っていた、のかもしれない。研究室見学に行ったとき、引越しや地震などで実験のデザインが何度も振り出しに戻るので結構息が長い、と言われて自分には無理だ、と思った。自分は物理からは離れていくことになりそうだが、「何とか自分の手で実験を成功させる感動を味わってもらおう」と休日も努力してくださった研究室の方々には本当に頭が上がらない。コストや失敗との戦いの中で計算機の進歩に貢献し続ける彼ら量子情報科学者に敬礼したい。

はてダ流にレポート。

What?

この実験で扱うのは、Rb原子のMOT(磁気光学トラップ)によるレーザー冷却。

Idea

vapor cell(ガラス管)に入ったRb(ルビジウム)ガスに6本のレーザーを当てる。
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このレーザーには細工がしてあって、3軸ともσ+とσ-という2種類の偏光をした光の組み合わせになっている。Rb原子がうまくレーザーを吸収すると、力を受けると同時にエネルギー準位が上がる(励起)。
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vapor cellにはanti-Helmholtzコイルによる磁場がかかっていて、原点から離れたところでは励起先の準位が上下に分裂する(Zeeman効果)が、その様子は原点の左右で逆になっている。σ+とσ-のどちらを吸収するかによって励起先準位が異なるが、レーザーのエネルギーは低めに設定してあるので原子は分裂した励起準位のうち低いほうに選択的に遷移する。つまり、原点より左ではσ+の光を吸収し、右ではσ-の光を吸収する。するとどうなるかというと、原点より左にいても右にいても原点に引き戻される。これが3軸で起こるので、原子は原点付近にtrapされる(レーザー冷却)。
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簡単に説明するとこんな感じで、物理的にはなかなか美しい実験だと思うのだが、実際にはRb以外の原子を排除するために高真空が必要で、先述のようになかなかうまくはいかない。悔しいので写真をとりまくってアップ。

全体図

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レーザーを作る

銀色の2つの箱の中のlaser diodeからレーザーが射出される。箱の中には圧電素子(ピエゾ素子)があって、回折角によってレーザー周波数を制御している。レーザーはテーブル中を色々回されながら、真ん中くらいから隣のテーブルへパスされる。
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レーザーをパス

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レーザーを受け取る

対になった大きなコイルにはさまれたvapor cellが見える。実はこのコイルの磁場の位置精度がシビアだったらしい。1本のレーザーを分割してvapor cellの上下前後左右に取り回すため、ミラーなどの光学素子を何枚も設置する。
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光学素子

光学素子には直線偏光と円偏光の変換を行う1/4波長板、偏光を回転させる1/2波長板、レーザーを偏光によって分割するPBS(Polarized Beam Splitter)、ミラーなどがある。
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ビーム径を太くして反応を起こりやすくするbeam expander。
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原理的にはレンズを二つ並べたようなものらしい。
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So What?

成功すると、vapor cellの中心でRbが励起準位から基底準位へ戻るときにエネルギーを放出して発光するのが(CCDカメラで)観測できるらしい。

レーザーはその単色性やコヒーレント性から周期ポテンシャル(光格子)を作って原子をtrapするのにもってこいなので、物質中のポテンシャルのシミュレーションや量子計算機の研究手段としてよく使われる。がんばれレーザー。負けるなレーザー。

Appendix

レーザー周波数を求めるための飽和吸収分光スペクトル。こちらの理論はサブだったが、メインが失敗したのでこの解析しかやることがなくなってしまった。
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