"血をもって書け。そうすればあなたは、血が精神だということを経験するだろう。"

距離

naoyaにお昼をおごってもらって(naoya++)、ちょっとした昔話を聞いた。jkondoもnaoyaも(地球)物理からこの世界に入ってきているという点は共通しているけれど、二人が人生のパスを変えた経緯には少し差があるらしい。そのへんはまたいつか書くかもしれないので少し寝かせておいてまた自分の昔話をすると、物理に対する距離感を若干見誤ったかなという思いはある。

中高のときに数学や物理の授業のルーチンに飽き足らず、自分で問題設定をして受験そっちのけで考えたり有志を集めて勉強に誘ったりしていて、仲間うちではそういう「理学」に一番近いクラスタにいたというのは間違いない。自然の美しさこそ全て!人間なんて二の次!で当然のように理学部に入って、それから何故か知らないけど人間が面白くなってしまって←今ここ。

まだ物理に愛想が尽きたとは思わない。これからも物理に対してほどほどの距離の付き合いを保とうとは思っている。ただ、本当の優先順位が見えてきただけ。あっさり言えば、趣味としてならやっていける。それを愛想が尽きた、というのかもしれない。

趣味ならいくらあってもいいと思う。中でも言語に対しては、これまでつかず離れずの距離が続いてきた。中高のときにこれまた英語に飽き足らず自分でフランス語やロシア語の勉強を始めたら面白くて、比較言語学にはまって風間喜代三をリスペクトし、大学に入ってもラテン語やギリシア語を履修し、教養も言語学でばっちり揃え、教科書だけならエスペラントやオランダ語も持っているけれど、じゃあ専門にしろよって文学部の先生から勧誘受けても、不思議と専門という意識はなかった。それが正解とか不正解とかいうつもりはないけど、身の丈がわかっていたということかもしれない。

受験までは完全にプログラミングの方が趣味だった。プログラミングで飯を食う人がいるなんて考えもしなかった。今は、趣味以上の物としてやっていけるか、というテストを自分自身を実験台にしている。物理はテストに通らなかった。言語は、テストを行いさえしなかった。

少し設計変更が出たとはいえ、受験時にもう少し冷静になって情報学科に入っていたらとは考えない。逆にはてダなんて書いてないかもしれない。今までたどってきたパス以外のパスなんて想像できないし、想像しても意味がない。未来にifはあっても過去にifはない。理学部に入ったことも後悔していない。演習や自主ゼミといった理学部特有のキャンパスライフを通じてしか見えない物の見え方、というのもあるだろう。こういう話をクラスメートにすると、お前は確かにロボットとかプログラミングとか工学部的なことばっかり話すけど、マインドは間違いなく理学部だよと言われるし、実際そうだと思う*1

naoyaは本質を見ることを大切にしていて、例として最近物理を勉強し直している話をする。naoyaが読んでいる本の表紙を見てJ.J.サクライ*2だ!と一瞬で分かったときはどうしようもなく嬉しくなったし、そういうキャッチボールが時々成立するのも嬉しい。今まではてなやweb界隈で、理論物理に対して自分と同じような距離感に立っている人を他に一人*3くらいしか見たことがないからだろう。物理をやってたらコードが書けるようになるとかいう話はないし、もちろん専門的な修行を積まなければならないのだけど、はてなで自分に期待されているものが何となくわかると今までのパスも全く無意味じゃなかったな、と思える。

最近こういうぼんやりしたエントリが多いかな。もっとhogehoge{foo,bar}なエントリとかガンダムガンダムしたエントリとか書けたらいいな、と思うのですが、こんなのでも読んでくれる人がいるので、やっぱウェブってすごい。そうそう、この異常なフィードバックが感情増幅器たるウェブの魅力ですよ。物理や数学で「これ面白いぜ!これやろうぜ!」っていって食いついてくる人の情熱や実行力って、全部合わせても限られてる。単純に多ければいい、ってもんでもないんですけどね。誰ともつるまずに一人でコツコツ頑張っている人も無数にいるし。でも今のところ自分はそういうタイプの努力より、みんなでわーっと集まってがーっと世界を組み立てて行く感覚のほうが好きだなぁ。



一日一チベットリンク

中国チベット自治区で来月予定されている北京五輪の聖火リレーが、当初予定されていた3日間から1日に短縮されることが分かった。北京五輪組織委員会(BOCOG)の担当者が26日明らかにした。

*1:前にも書いたかな?

*2:量子力学の古典の一つ

*3:その人は実は言語充でもある