"血をもって書け。そうすればあなたは、血が精神だということを経験するだろう。"

ロシア

 世界地図で習ったソ連という大きな国は、次に見たときには消滅していた。物心ついた頃から、ロシアという国は何か近くて遠い存在だった。


 どこか見覚えのあるような文字と美しい巻き舌の言葉を使い、息の詰まるような一連の文学作品を展開し(僕はその一つだってまともに読んだことはないのだが)、ドラマティックな音楽を生み、科学においても天才を輩出する国。進んでイデオロギーの実験国家となり、欧州を舞台にアメリカとの覇権を争い、革命、粛正、虐殺、独裁、戦争、平和、資源、富を共存させる国。シベリアという哀しい絆で日本と結ばれながら、アメリカや中国のように日本に内在することのなかった国。西洋であると同時に東洋であり、その東西の長さ、あまりの巨大さ故に歪でありながら、未だ崩壊を免れる国。


 このロシアという不思議な土地に住む連中はいったいどんな目をしているのだろう。気候や政体の厳しさに鍛え上げられたその目には本当に冷酷、狂気なるものは存在するのか。それは自分と同じものなのか、それとも全然違うものなのか。それをいつか自分の目で確かめてみたい。


 旅の始まりは、「限界突破」とは別に、そういう思惑にあった。