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"血をもって書け。そうすればあなたは、血が精神だということを経験するだろう。"

3月11日

2011年3月11日

僕はサンフランシスコのステーキハウスにいる。

ひと月の旅をしている。
就職すれば長旅をする機会は遠のくだろう。
ここは2009年の3月、大学の卒業式には出ないで憧れを共有する友人達とシリコンバレーを訪問し、
この街で初めてディナーを共にした場所だ。
今回も大学院の卒業式には出なかった。
絶品のステーキとワインを味わいながら、2年前のディナーを懐かしむメールを投げる。
そのとき、一体何が起こっているかも知らずに。

ホテルに戻り、寝る前に親や友人のメールを見て、異変に気づく。
テレビをつけると津波の映像が流れ込む。
津波は9時間後、つまり朝に西海岸に来るという。
しばらく呆然とし寝付けない。

翌日もその翌日も、会う日本人どうし、浮き足立つ心を互いに落ち着かせながら現地での滞在予定を終わらせていく。
マウンテンビューでも早速募金が始まっている。
運悪く便がなくなって渡米できなくなった人もいる。
GoogleFacebookのインフラは動いているから状況は伝わってくる。

僕は旅を続ける。
ヨーロッパの地下鉄では福島とはどこなのか、東京とは近いのか、親戚は大丈夫か、など心配をされる。
この状況で旅をしている日本人を見て、どう思っているだろう。

照明の半分消えた東京の夜を過ごす。
余震は続く。
社会も生活もネットも震災ありきで、しかし回復に向かっていく。

2012年3月11日

僕は気仙沼に来ている。

きっかけはid:jkondoさんのブログだ。
http://jkondo.hatenablog.com/entry/20111105/1320452727
なぜ現場を見ないのか、という同じ問いを自分に発する。
素朴に、行かねば後悔するかもしれない、という気持ちになる。

東北に来たのは家族旅行と、大学のロボコンで2回ほどで、東京から電車で気仙沼に来るのは意外と大変だということに気づく。
写真で見ていたとしても、駅を降りて瓦礫の更地になっている現地にたどり着いたときの衝撃は大きい。
線香の匂い。動物園のような匂い。
サイレン。車載ラジオの君が代
飛び回るカモメやカラス。晴れた空。
追悼式の方に出ているのか、意外に人がいない。
生活が野ざらしになっている壊れた商店。
何がそのとき壊れたもので、何が今壊そうとしているものなのか分からない。
どこが家だったのかも分からないし、立ち入ってよかったのかも分からない。
海のものが陸にある。
亀裂が入ったまま放置された道路。場所によっては歩道も車道もない。
どこが歩道かわからないので、歩いていても車の邪魔になる。
もっとも、車道も舗装されていないので、飛ばす車もない。
信号だけは動いている。道路より先に復興させたのかもしれない。
車が場所を見つけて乗り上げる。家族が笑いながら出てくる。
まるでお墓参りに来たかのように。
id:jkondoさんの泊まったホテル観洋に寄ってみる。
泊まる予定はなかったが温泉に入って帰る。

一年経って壊れたままの街。これがここにある現実。

2013年3月11日

僕は東京にいる。

気仙沼に行ったものの、
文章や写真をまとめて公開することをためらうまま、また一年が過ぎてしまった。
そのような習慣が自分の中で失われていることもあったが、
誰かの言葉で誰かが嫌な思いをするのを見るのが煩わしくもあった。
誰かを傷つけるのが怖い。妙に怯えるようになった。
そして何をしても後ろめたい気持ちになっているのもあった。
自分の力を復興のために使えていると言えるわけでもない。
たくさんの人を動かせるわけでもない。
現地の海鮮を食べたりお米を買ったりしたことを除けば、
普段通り普通の生活を送っているだけの人間だ。

瓦礫が少しずつ取り除かれてきていることなどをネットで知る。
道路は直っただろうか。
街は賑やかになったろうか。
笑顔は増えただろうか。
東北を訪れる人も増えているようにも思える。
自分にできることはそれぞれだとしても、やはり、一度は現地に赴くべきではないか。
この稚拙な文章では誰に貢献できるのか分からないけれども、
手段を持っているからには残しておきたいという気持ちになった。
もはや一年前のものになってしまった、僕のみてきた現実を。
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犠牲者の皆様を悼み、謹んでお悔やみ申し上げます。