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"血をもって書け。そうすればあなたは、血が精神だということを経験するだろう。"

「頑張る」の解体

頑張る」という言葉には注意するようにしている。
理由は二つある。


1. 思考停止
「とりあえず頑張ってるからこれでいいだろう/いいはずだ」と思うことで
「何のために何をどうするのか」と思考を進めるのをやめることになる。
「頑張る」はよくいって気休め、悪くいえば「勤勉に見せかけた知的怠慢」と考えるべきだ。


2. 不毛感
失敗しても「頑張った」「いや頑張りが足りなかった」というような形で議論していては、不毛な言い合いになって「こんなに頑張ったのに認められていない」という疲弊が残るだけだ。
「次はもっと頑張ろう」というサイクルに入ったとしても、サイクルの何が悪いのか考えられていなければ運良く成功するまで空回りし続け、結局どこかで折れてしまう。


自分の中で答えもでていないのに「頑張りが足りないから頑張る」というロジックを展開するようになったら、
思考停止に入っている、あるいは自分と周囲との間で「頑張り」に対する意識がずれはじめている危険信号だ。


とはいっても、世の中の「頑張る」という言葉にいちいち拒絶反応を示していたらそのうち友達をなくすだろう。
「頑張る人を応援したい」「頑張った人を讃えたい」というのは十分人間的な感情であってこれを責めるのは難しい。
実際応援する側も、「うまくいっていない理由がわからない」あるいは「うまくいってるのかどうかそもそも分からないし知らない」状態であることも多い。
励ましてくれていること、またそれを伝えようとしてくれている好意を有難いとは思いつつ、
鵜呑みにするのではなく自分なりに解釈しないといけない。
ひとまず次のように解釈するのが、無理のない頑張り方ではないだろうか。

  • 「頑張れ」と言われたら:

即座に「頑張る」を解体して「何をどうするのか」という自分の言葉に置き換える。
単に「今のやり方でなんとか燃え尽きるまでやりぬけ」ではなく、「何をどう頑張ればよいのか答えが出るまで考え続けろ」というのが、「頑張れ」が本当に要請しているアクションであると考える。

  • 「頑張ってるね」「頑張ったね」と言われたら:

ありがとうございますと素直に返したうえで、何をどうしたことが評価してもらえたのか考えてみる。
単にくたくたになりながら長時間粘っていることが評価されたのだとしたら、やはり危険だ。
頑張ってる割には成果が出ていないが、このままでよいのか」と自問自答し直す視点が必要だ。