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"血をもって書け。そうすればあなたは、血が精神だということを経験するだろう。"

英語の仮定法現在について(東京言語研究所 集中講義)メモ

東京言語研究所集中講義を聞いてきたのでメモ。

講師は津田塾大学名誉教授の千葉修司氏。

仮定法(接続法)

動詞の法(mood)の一つ。日本では用法を汲んで仮定法と訳しているが、 欧米では古典ギリシア文法からの訳の経緯で接続法(英subjunctive, 仏subjonctif, 独Konjunktiv)と呼ぶ。

仮定法現在

英語教育では、仮定法過去/過去完了が主に反事実を表すのに対し、仮定法現在は主に祈願や要求を表す、となっている。 主語を問わず動詞の原形が現れる。直説法の場合は三単現のsが現れるなど活用するので区別できることが多い。

God save the Queen!

The employees have demanded that the manager resign.

仮定法現在の認可(license)

基本的に仮定法現在を認可する動詞、名詞、形容詞は限られるが、状況によって認可する語もある。

?The widow wrote that Ball be given part of her property.

The widow wrote in her will that Ball be given part of her property.

writeは原則的には仮定法現在(be)を認可しないので、第一文はインフォーマントによっては不自然と判断されるが、第二文は「遺書の中で」という状況が付与されたことにより仮定法現在が認可される。

また、Neg(否定詞)やQuantifier(量化詞)の機能範疇、あるいは単に話者の思考によって接続法を認可する言語がある。

Teresa no cree que Miguel viene hoy.(直説法。ミゲルが来ないことが話し手には確実)

Teresa no cree que Miguel venga hoy.(接続法。ミゲルが来るかどうかは話し手には不明)

局所性(locality)

現代英語では仮定法の認可は一般にglobalではない。

I demand [ that John answer [ the questions [ that Bill asks (*ask) ] ] ].

demandはanswerを認可するがaskの仮定法は認可しない。

We do not require of theoretical work on intuitions [ that it guarantee [ that the grammar of any one individual be explicit or even consistent ] ].

guaranteeを認可するのはrequireだが、beを認可するのはrequireでなくguaranteeである。

OEやME、アイスランド語・イタリア語・カタロニア語においては二段下の従属節における仮定法が認可されることがある。

動詞繰り上げ(verb raising)と一致(Agreement)

現代英語の仮定法でNegやQuantifierなどの副詞がある場合、Vの前に来ることが多い。

I insist that John not come so often.

John required that they actually be / *be actually accepted.

John required that they all be / *be all accepted.

John demanded that the boys each be / *be each given five dollars.

I insist that he definitely have / *have definitely finished by tomorrow.

一方、OEではVがNegの左へ繰り上げされる。

I wish I be not now proud indeed!

現代英語でも起こるが、仮定法の一部(be/have)や、直説法の助動詞(doを含む)に限る。

I demand that he have not left before I return

語順に関して通時的にはNeg-First PrincipleとEnd-weight PrincipleのバランスによりNegative Cycleと呼ばれる変化が見られる。(Jespersen 1924など)

ic ne secge.

I ne saye not.

I say not.

I not say.

I do not say.

I don't say.

これらの語順はAgreementと関係する可能性がある。 OE(仮定法も単複別形Sg. ride - Pl. riden)ではAgreementが強いのに対し、現代英語では弱い(とくに仮定法では一律原形であり、Agreementは存在しない)。

コーパスの罠

講師は、繰り上げしない仮定法現在が英語で広まったのは1940年代以降とコーパスから推定しているが、失敗談が興味深い。 コーパスでnot+動詞原形の形式を検索したところ、より早い時期の例が見つかり、初め誤って推定をしていたという。 一つは黒人英語でみられるinvariant be(不活用のbe)であった。これが1840年代の白人の英語にどの程度の影響を与えたのか、など調べると面白いかもしれない。 もう一つはMark Twainの小説The Jumping Frogで、この小説は英語原著、仏語訳に加え「作者による仏語訳からの輸入訳」の三訳があり、輸入訳がマッチしたのだ。

...and possible that you not be but an amateur.

もとの仏訳は以下の通りだった。

...et possible que vous ne soyez qu'un amateur.

また、直説法と仮定法で語形が一致してしまう主語をもつ場合はコーパスでの機械的な判別は難しそうだ。主語によるバイアスを調べてみるのも面白いかもしれない。

縮約(contraction)とTense

仮定節ではcontractionが起こらない。

She insists that they have completed the job by 10:00 today.

*She insists that they've completed the job by 10:00 today.

contractionの有無を決めるのは何か。 キーになるのはTenseであると考えられる。

Aux -> Tense (Modal) (have-en) (be-ing) という分解においては、 Tenseを受け取るのはその直後にある要素となる。

直説法において、Modalがない場合、(have-en)がTenseを受け、contractionが起こる。

I know that they've already left.

ModalがあるとModalがTenseを受け、(have-en)のcontractionが起こらない。

You must have not been listening.

*You must've not been listening.

仮定節にはTenseがないのでcontractionが起こらない。

ただ、 口語の場合はいろいろと原則から外れ、 非標準的な形態からの縮約が発生する。

If I'd've met you earlier I wouldn't've married Louise.

Stowell(2008)the English Konjunktiv II(ドイツ語接続法第二式の英語版)としてhad've saidおよびその表記としての had of said,had a said を挙げる。 これを認めるかは話者による。 言語が生き物であるという好例だろう。

So help me God!

soの理解が難しい。 「神にかけて」というニュアンスでいろんな用法で使われる。so helpが縮約しswelp/s'welp/s'elp/s'help(OED)という語もあるくらい頻出。祈願を表す仮定法現在に先立つすることがある。 古くはifの意味で使われたため仮定法現在と共起することがある。(so please you(=if you please))

So he be safe he cares not what becomes Of King or Country. (Marlowe, The Massacre at Paris) 彼は自分が生き残るのであれば王や国がどうなろうと知ったことではない。

能格・対格

少しテーマからそれるが、「仮定法現在もどき」の一パターンということで。

"A Daniel come to Judgement! yea, a Daniel!" (Shakespeare, The Merchant of Venice)

このcomeは仮定法現在と混同されやすいが直説法で、which(現代だとwho) is + come(過去分詞)の省略。現在分詞のwhich isが落ちるのと同様。 aがついているのは「Danielのような人」という用法。

能格の概念はそれなりに重要な気がするのだが、大学受験では習わないので馴染みがない。 PullumやPerlmutterのrelational grammerで、他動詞が能格(ergative)名詞と対格(accusative)名詞の2つをとるのに対し、どちらかが落ちると自動詞となり、それぞれに名前が付いている。名詞というよりは、相補する名詞を失った名詞、もしくは動詞の機能に応じて命名されているように見える。それぞれ日本語訳は逐語的に非対格動詞、非能格動詞となっているが、混乱しやすい。

  • unaccusative verb
    • accusative(対格)が残り、ergativeが落ちる。
    • appear,arrive,arise,come,depart,enter,fall,flee,fly,go,land,return,ride,rise,run,spring,vanish
  • unergative verb
    • ergative(能格)が残り、accusativeが落ちる
    • bark,cough,cry,belch,grin,growl,sleep,smile,speak,swim,talk,vomit,weep,whisper

unaccusative verbの場合、上の例文のように、他動詞文の対格の名残で現代でもbe+過去分詞の形をもつものがある。*1 (それを言語機能が過学習しているのかはわからないが) 第一言語習得でも第二言語習得でも、過剰に受動形をつくるエラーが起きやすい。

自動詞・他動詞の形態の関係も調べると面白そうだ。

  • rise(自)-raise(他):米語
  • raise(自)-raise(他):英語
  • open(自)-open(他)
  • あく(自)-あける(他)

ロジバンでは項の構造はどう整理されていたかが気になる。

感想

講義演題が「ことばの観察を通して心を探る」とありどういう内容なのだろうと思っていたが、認知モデルとしての文法機能の仕組みを例文から明かすという生成文法的な考え方の勉強になった。

講師は学生時代にMITでChomskyの講義を受けたり議論をしたりしたそうで、生成文法が黎明したホットスポットの熱狂が端々に伝わってきたのもよかった。 生成文法以前の伝統文法における動詞の分類とrelational grammerにおける分類の関係が講義中話題になった。 伝統文法にも、生成文法の規則群に縛られない貴重なデータがたくさん眠っているそうだ。

若いころの通訳体験や最近の映画、ドラマから専門コーパス、インターネットの一般サイトに至るまで様々なソースから膨大な文例を蒐集し、またそれについてのメモをDropboxにを全て保存して日常的に更新を続けられており、御歳に負けず最新のテクノロジーに馴染もうとされているのが、大変印象深い。

*1:高校英語では、「往来発着」の動詞として説明される。