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"血をもって書け。そうすればあなたは、血が精神だということを経験するだろう。"

東京言語研究所 春期講座メモ

東京言語研究所の春期講座を聴講した。 通年の理論言語学講座へのオリエンテーションも兼ねた位置づけとのことだが、春期講座だけでも充分勉強になり、 昔大学で習ったこと(といってもあまり勉強しなかったが)の理解がより深まった。

言語学のおもしろさ

窪薗晴夫氏。 言語には hiatus(母音連続) を避ける普遍的な傾向がある。 そのsolutionとしては 子音挿入、わたり音挿入、わたり音形成、母音融合、母音脱落 といったパターンがある*1が、 日本語にはその全てが観察される。 複数の異なる規則にみえるものが実は統一的に記述できたり、 英語の大母音推移についても同様の傾向がみられることを通じて規則性へ執着することの面白さをみた。

言語学入門

大津由紀雄氏。 研究所の概要や理論言語学講座の紹介、及び言語学の各領域、とくに基礎と理論、応用の関係、批判的思考の重要性について。

認知言語学

池上嘉彦氏。 先日の講義の千葉修司氏をはじめ生成文法のメッカであるMITで学んだ先生が多い中、 池上氏は構造言語学のメッカであった1960年代後半のYaleで研究生活を送り、その回想からスタートした。 時間が短いので認知言語学の話にはほとんど入らなかった。 記号論に関するご著書も拝読していたぶん残念だったが、 過去の学問として軽く片付けてしまいがちな構造言語学について私的な体験も伝聞できたのはよかった。

記号論への招待 (岩波新書)

記号論への招待 (岩波新書)

文法原論

梶田優氏。 Tenseのような印欧語の典型的文法範疇が普遍的であるという旧来の考えにメスを入れた。 北米先住民(Halkomelem,Blackfoot)の言語の文法を例に、 utterance situationとevent situationの異同をもとにしたより包括的な範疇概念と、 それが構成する上位の範疇構造(universal spine) *2 に触れ、 氏が数年来進めている範疇構造の動態的な捉え方の具体例とした。 全く馴染みのない文法概念と対峙しないといけないのでなかなか難しいが、それでも大きなロマンを感じる話だった。

日本語の「文法」を考えるとは

三宅知宏氏。 言語の観察・記述・説明とはどういうことかをみるため、 日本語の助詞の認知構造について考えた。 例えば 学校文法で一様に「主語」として片付けられる「は」「が」だが、 以下の文のそれぞれでピアノを練習するのは誰か、という簡単な問題であっても、答えをうまく説明するのは難しい。

  1. お姉ちゃん帰ってきたら、ピアノの練習だ。
  2. お姉ちゃん帰ってきたら、ピアノの練習だ。

また「ダブる」「愛する」「恋する」といった動詞の省略・複合の構成と活用、アクセントの体系化を考えた。

日本語文法史

川村大氏。 日本語の動詞に特徴的な自他の形態の類型などについて。 この話題は高校のときから興味があって自分でも語の収集をしたことはあったが、 先人の膨大な調査に思いを馳せたことはなかったし、 そもそも動詞の自他と自動詞/他動詞の概念を区別していなかった。 (前者は本居春庭宣長の子,1763-1828)の研究に端を発する動詞の対立関係、 後者は志筑忠雄(1760-1806)のオランダ語文法研究に拠る動詞の分類とのこと)。 能格・対格の議論とも関連付けて考えたい。 また日本語の歴史にも改めて関心が湧いた。

生成文法

髙橋将一氏。 生成文法における基本的な計算操作であるmergeの基礎について。 またθ-criterion、Coordinate Structure Constraintなどの各個理論のケースをサンプルとして、minimalismの思考法に触れた。

言語哲学入門

酒井智宏氏。ほかの講義に比べてやや異色な感じであったものの、直観からの思考を駆動される面白さがあった。

  1. Superman leaps more tall buildings than Clark Kent
  2. Superman = Clark Kent.
  3. Superman leaps more tall building than Superman.

1.と2.は真であると判断するのに、2を1に代入した3は偽であると判断する仕組みは何か、 という問い (simple sentence puzzle *3 ) に対する種々のアプローチと、 そこから始まる思索について。 名付けや固有名、同一性といった伝統的な言語哲学理論に触れる一つの入口になりそうだ。 ちなみに自分は、データモデリングやセキュリティに関わるエンジニアが固有名についての哲学的な議論を参照することは無意味でないという直観を持ったことがあるが、これについてちゃんと考えられる日はいつになるのやら。*4

*1:Casali 1996,2011

*2: The composition of INFL (Elizabeth Ritter · Martina Wiltschko), 2014

*3:Substitution and simple sentences,JM Saul,1997

*4:補足:例えばこんなふうに。

本質的な問題から見ていこう。多くの物事が定義されるのは同一性によってであり、属性によってではない。典型的な考え方をすると、人には(引き続き技術的ではない例だが)誕生から死亡まで、さらにその後にも及ぶ同一性がある。その人の身体的な属性は変化するし、ついには消える。名前も変わるかもしれない。金銭上の関係は現れては消える。人に関して変化し得ない属性は1つもないが、それでも同一性は存続する。私は5歳の時と同じ人間だろうか?この種の形而上学的問いは、効果的なドメインモデルを探し求める上で重要だ。少々言い換えてみよう。アプリケーションのユーザは、私が5歳の時と同一人物かどうかを気にするだろうか?(『エリック・エヴァンスのドメイン駆動設計』)