"血をもって書け。そうすればあなたは、血が精神だということを経験するだろう。"

味覚の硬直

肉、魚、米、麺のように、子供の頃から好きな食べ物がある。 また、ホルモン、パクチー、ごま油、柚子胡椒のように、大人になってから好きになった食べ物がある。 珍味だとセミの抜け殻の唐揚げなどは意外にうまくてまた食べたいと思った。

だが、子供のときに嫌いだったものが好きになるということは残念ながらほぼない。 大人になって好きになった食べ物は、子供のときにほとんど食べなかったものだ。

大人になって嗜好が変わったことは否定しないが、それは新しい食べ物に対する反応が変わるということであり、一度嫌いになった食べ物をその後好きになることはほぼない。 自分にとっては、納豆、キノコ、茄子、セロリ、ウニ、日本酒などがそれだ。 嫌いだから残すということはもちろんしないし、人からすすめられたものには挑戦してみるが、心からうまいと思ったことがないし、自分から喜んで頼んだりはしない。

これがもし一般化できるなら、子供が嫌がるものを無理やり食べさせてはいけない、なぜならそのストレスが刷り込まれると、大人になってからそれを好きになる可能性を奪ってしまうから、ということになる。

だが、自分の味覚はかなり硬直していると思う。 だからあまり味覚の話で他人と共感できることは期待しない。 そもそも、何を食べるかよりも何を考えながら誰と食べるかのほうが重要な関心ごとだ。 味覚は柔軟に他人に合わせるのが難しい(合わせかたを知らないだけかもしれない)が、思考についてはそこまでではないのだ。