とあるタタール語話者との文通記録
発音集積サイトForvoは、普段学習しない、馴染みのない言語の発音も聞けて楽しい。
ある日発音されている言語ランキングを何気なく見たところ
1.ドイツ語
2.英語
3.ロシア語
4.タタール語
5.ポルトガル語
となっていた。
なんと、タタール語(主にロシア領土内の地域語、母語話者800万人程度)というとてもメジャーとは思えない言語が入っている。
何が起こっているのか。
ユーザランキングを見ると、AqQoyriqさんという上位ユーザーが91,186件の発音を入力していた。
コレダ。
これは500件/日ほどのペースで発音を入力し続けた結果のようだ。
不可能ではないが、驚嘆すべき数だ。
少数のユーザーに頼っていて大丈夫なのかとは思うが、このようなユーザーはきっと言語学的には感謝すべき存在なのだろう。
危機言語のサンプルの収集は一般的に難航する作業だと思うので、このサイトが当該研究に貢献していることを願うばかりだ。
それにしてもストイックな執念で単語を発音し続ける彼は一体何者なのか。。
というのが当然気になるので、メールで質問してみた。
何この夏休みの自由研究。
英語は得意ではありませんがご質問にお答えします。ドイツ語ならむしろよかったのですが。
意外。ドイツ語なのは社会的な要因なのか個人的な要因なのか。
A.タタール語話者でロシア語、バシキール語、わずかながらマリ語(meadow Mari)も話せます。
ヨーロッパの言語やロシア語から借用されたマリ語の単語のみをForvoに記録しています。
正確なマリ語の発音はモスクワのErviyさんが記録しています。
タタール語とマリ語の語彙の30,40%くらいは共通していますが、発音は違います。
あれ、記録されているのはタタール語の発音ではないのか。
Q. 若い人と高齢の人の話すタタール語は違いますか?
A. そう思います。
どう違うのかもう少し掘り下げられる聞き方にすべきだったか。
Q.タタールスタンでロシア語のみを話したり書いたりしなければならない状況はあるのでしょうか?
A.ロシア語しか話したり書いたりしない人はタタールスタンにたくさんいます。
これも質問の意図が伝わらなかったか。強制される状況があるかどうかをきいてみたかった。
Q. ロシア政府のタタール語への扱いには何か問題があると思いますか? ほかの言語はどうでしょう。
A.我々は既存の問題を文明的で平和的な(civilized and peaceful)方法で解決しています。
うーむ、もう少し具体的に聞くべきだったか、気軽に踏み込むべきでないような領域か。
Q.ForvoやLang-8.comのようなサイトでほかの言語を学んでいますか?
A.はい、しています。
ぐぐ、どこで何をどう学んでいるのかもう少し知りたい。
Q.タタール語に近い言語(トルコ語、トルクメン語、バシキール語、カザフ語などの)話者とのコミュニケーションはどれくらい難しいと感じますか?
A.テュルク諸語(Turkic)の話者の大半はタタール語をよく認識(well aware)しています。
現代タタール語は事実上、その(テュルク諸語間の?)コミュニケーションにとって普遍的な(universal)言語です。
詳しく答えてくれた。
こちらから示していないテュルク語という言葉が出てきたことから、(1)英語がTurkic/Turkishの区別されていない(2)テュルク語という枠組みがテュルク諸語圏では一般教育レベルで教えられているのでもない限り、この人は言語学者か、言語学について興味がある人と想定できそう。
もっとも、Forvoユーザーであることを差し引くと不思議はあまりない。
Q.タタール語は危機に瀕していると思いますか?
A.タタール語は生き残るし進化していくに違いないと思います。
何かしらの危機意識から言語保存の動機があるのではと決めてかかっていたが、タタール語がある意味lingua francaであることを示す7.の回答に照らすと、これは愚問だった。
話者数だけでみると、テュルク諸語ではトルコ・アゼルバイジャン・ウズベク・カザフ・ウイグル・トルクメン語に続いてタタール語話者はそれほど優勢とは思われないため、「普遍的〜」についてはどう解釈してよいか迷うが、ロシア連邦内に限ってみればタタール語話者の相対数はロシア語に続く規模になるようなので、そういう意味かもしれない。
Turkic languages - Wikipedia, the free encyclopedia
タタール人ですかという質問はどう発展するのか予想できないのでやめておいた。
タタールの軛というロシア人の歴史認識を示す言葉を世界史で習うが、タタールの系譜がそれほど単純でないことと、自分には正確にはどのようなニュアンスの概念なのか分からないので、ここでは触れない。
インタビューとしてみるとあまりよい例ではなかったように思える。
思った通りの情報をもらうのは意外に難しく、後から思えばより質問を工夫すべき点はあった。Yes/Noベースのやりとりに終始しないようにまず注意できていなかった。
またForvo上で送れるメッセージの文字数上限が1000字であることから、一度にたくさん質問しすぎたのも問題だった。やりとりを続けたい気持ちが残る。
とはいえ、見ず知らずの日本人からの質問に対して返事をもらえるだけでまず感謝すべきだし、テュルク諸語のバックグラウンドをろくに持たずにに進めるのは何か違うので出直すべきかもしれない。
一度ここでお礼を言って終わりとした。
おっと、日本人としてはこういった発音サンプルが求められているようなので、give and takeで発音入力していかねば。(語の選定が謎ですが)