"血をもって書け。そうすればあなたは、血が精神だということを経験するだろう。"

記憶と意志

人の生は記憶により成立する。

学問の美しさに陶酔して励んだ学び舎の日々、体力任せで仲間と何かを成し遂げた夜明け、 二度と訪れるかわからない遥かな地平を巡る旅。 やってくるかわからない不確かな未来と違い、確実に現前した素晴らしい世界。 追憶という耽美の営みは人を惹き付けて已まない。

人間はそんなに過去志向ではいけない、過去の失敗は、いやときに成功でさえ、捨て去るべきであるという考えもある。

自らのための記号を発明した人間の生は、忘却を前提に生きるようにシフトしてきた。

いまもあなたは、文字の生みの親として、愛情にほだされ、文字が実際にもっている効能と正反対のことを言われた。なぜなら、人々がこの文字というものを学ぶと、記憶力の訓練がなおざりにされるため、その人たちの魂の中には、忘れっぽい性質が植えつけられることだろうから。それはほかでもない、彼らは、書いたものを信頼して、ものを思い出すのに、自分以外のものに掘りつけられたしるしによって外から思い出すようになり、自分で自分の力によって内から思い出すことをしないようになるからである。じじつ、あなたが発明したのは、記憶の秘訣ではなくて、想起の秘訣なのだ。 ータモス(プラトン『パイドロス』)

人間のaugmentationの最前線にある、WikipediaGoogleEvernoteといった現代の外部記憶もまた、我々がこれまで覚えてきた何かの価値と、これから何かを覚えることの必要性の双方を減じていく。

果ては記憶を否定し、忘却を至上とみなす価値観が生まれ、Snapchatのような刹那を彩るサービスも台頭した。

これまで記憶に注いできた時間とエネルギーを、代わりに創造へ。

さて、記憶のくびきを解くことで輝かしい未来は築かれるのだろうか。 未来もまた記憶により構成される。 一貫した過去が、未来を築くための足場を用意する。

忘れてはいけないモノというのはないのだろうか。 忘れることで人間が色褪せていくモノがあるとしたらそれがそうだろう。 クリストファー・ノーランの『メメント』を観れば、 記憶力を失うと人間がどうなるかを想像してみることはできる。

何を作ったのかを忘れる。 何を誤ったのかを忘れる。 何が問題だったのかを忘れる。 何を変えようとしていたのかを忘れる。 何に感謝したのかを忘れる。 何を夢見たのかを忘れる。 何を考え、何に熱狂し、どこでなぜ誰と何を志したつもりだったのかを忘れる。

いずれ忘れることは分かっているので忘れる前にせめて記録をつける。 記憶できなくても記録はできる。 何のために記録したのかも忘れる。 やがて記録したこと自体が記憶の深層に埋もれていく。

夜に誓ったことを朝には忘れる。 昨日と今日とで言動が違う。 飽きっぽい。継続しない。 自分が何に責任を負っているのかわからなくなる。

やがて自分自身ですら信頼できなくなる。 一貫性が綻び、 意志の代わりに小さな痴呆が微笑み始める。

人と人の間に存在する問題の多くは一貫性の欠如に根ざし、それは記憶力の衰えに由来するのかもしれない。

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