"血をもって書け。そうすればあなたは、血が精神だということを経験するだろう。"

大学の語学をほどほどに楽しみたい人へ

 新入生の方はもうそろそろ履修科目を決めなきゃという時期に来ているかもしれない。理系で、自然言語に興味があるが、といって専門にはできない、という人は意外と多い。僕もその一人だったので、大学生活に興味のある高校生や同志に向けて、参考になるかわからないが自分のケースを少し書こう。


 僕は受験英語に飽きてフランス語、ロシア語、ドイツ語、ラテン語、ギリシア語、オランダ語、エスペラントなどの教科書を買ってきて本棚に並べて眺めていたので、大学で語学をやるといっても特に新しいことを始めるという感覚はなかった。無理にとは言わないが、「大学まではこれ、あれは大学に入ってから」とあまり拘泥せず、大学でやりそうなことに高校のうちに手を出しておくと大学に入ってからのショックが緩和され、イメージトレーニングとしてもよいのではなかろうか。僕の場合は数学はそれができたが、経済やプログラミングはできなかった、というかしなかった。


 出願段階では「理系ならドイツ語」という声が多いかもしれないが、「どう考えても在学中に第二が問題になることはないだろう」とフランス語のクラスに入った。大学にもよるだろうが日本に興味を持っているフランス人留学生は結構多いので、結果からいうとドイツ語よりも少しお得かもしれない。これまでドイツ語を使ったのはNYからトロントまでの飛行機に乗っていたオーストリア人と話したときと、クラブで酔っぱらってドイツ人と仲良くなったときだけ。


 クラスが意味をもたなくなる2年以降もクラスメートとの交流は長く続き、ここで選んだフランス語は間接的にキャンパスライフを決める一要因となった。逆に言うと、強制的にクラス単位で行動している間に学んだフランス語は楽しくて割と身についたが、2年の中級フランス語は当然初級より難しい上に「文化の違う他学部生とコミュニケーションしなければならない」という余計なハードルのため習得が遅れ、結局3年の前期に物理に配属されてもまだフランス語をとり続けた。


 英語ではなくフランス語を第一に据えたが、これは大学の英語の講義が受験英語に比べてマンネリで面白くなかったからだ。興味のない単位は絶対に落とすという性格からするとそれでよかったのだが、英語で留学生と交流できた可能性を考えると一概に善し悪しは言えない。ロシア旅行という目標があり、フランス語をさらにとり続けるのは実力的に無理という判断から第三としてロシア語をとった。ドイツ語には数回出てみたが、語学の単位を揃える算段がついた時点でモチベーションが消失したので、まじめに通して勉強したことはない。


 僕の学部ではフランス語、ドイツ語、それになぜかロシア語以外は制度上単位として認められず、しかもとりすぎた単位は無駄になるのであまり選択肢はなかった。だから語学として提供されている中国語、韓国語、イタリア語、スペイン語、アラビア語については単位的なインセンティブは皆無だった。


 次は教養科目。心理学や神話学にも一応出てみたのだがドロップアウトし、気がついたら言語科学基礎論、言語比較論、ギリシア語、ラテン語と同じような単位で見事に揃っていた。もともと興味や知識があったのもあるが、マニアックな領域の小さなクラスにわざわざ理系から来ているということで先生に仲良くしていただいたのも大きい。合計16単位をくださった3人の先生には頭が上がらず、この先生方の研究室への移籍を考えた事もしばしばだ。


 ギリシア語とラテン語は確か文学部かどこかの提供で、語学ではなく教養として数えられるのでおいしかった。訳文と原文を整理したノートを持ち込めるので、どこに何が書いてあるか試験中に思い出すことさえできれば単位をとることはわけもないし、そこまで勉強していれば訳文がすぐに頭に浮かぶのでノートを見なくても書けることも多い。


 ギリシア語やロシア語は文字を覚えるのが一見大変そうだが、理系なら英語や普段使う数式から半分以上類推が効くのでそれほど大変ではない。文字で苦労するのはアラビア語やタイ語、サンスクリットだろう。


 それから壁になりそうなのは性や格、時制など文法の複雑さ。英語やフランス語は気にならない人でもドイツ語の3性4格で死にそうになったりするが、ギリシア語は5格、ラテン語やロシア語は6格。ロシア語の親玉であるスラブ祖語に遡ると7格だが、講義が存在するかどうかは怪しい。さらにもう一つの古典語サンスクリットでは8格。文学部の講義に混ざろうとしたら気軽な気持ちで受けないでくださいと冷たい目で見られたのでやめた。非印欧系のフィンランド語、ハンガリー語になると格体系はどうなっているのかさっぱり。


 この辺を一から知りたい人は風間先生のこの本がいいかもしれない。

印欧語の故郷を探る (岩波新書)

印欧語の故郷を探る (岩波新書)


ことスラブ語派に関しては、黒田先生の読み物がおすすめ。高校生でも読みやすくて面白い。
外国語の水曜日―学習法としての言語学入門

外国語の水曜日―学習法としての言語学入門


羊皮紙に眠る文字たち―スラヴ言語文化入門

羊皮紙に眠る文字たち―スラヴ言語文化入門


読み直したくなってきたなぁ。


 なにはともあれ、大切なのは格の数じゃなくてモチベーション。言語に関わりたいという人にも比較、文献、通訳、コーパス、ビジネスから旅行会話までいろいろいるので自分のモチベーションを見つけたい。大学の外でも語学の講義はあって結構宣伝されているので興味のある人は注意深く見ているとよい。僕は座学に徹したうえ、単位取得が目的だったのでほとんど忘却の彼方だが、「この人と話したい!」という練習相手がいるとすごくいい。練習相手のいないあなたは、ここで探しましょう。