"血をもって書け。そうすればあなたは、血が精神だということを経験するだろう。"

近況スナップショット

最近関わっていることや考えていることがまた溢れかえりそうなので、現状を整理して思考のスナップショットをとっておくことにする。
(もっとも、何をやっているか一言で説明できてしまうような人間は、これから淘汰されてしまうということもあるのかもしれないが)

1. ソフトウェア

まず、自分が事業として収益化できているものが何かといえば、ウェブ関連の開発であることは間違いない。ソフトウェア開発は最も確実性が高く、安定して自分の価値を発揮できる領域だ。陳腐化しないようにサーバーサイドからフロントエンドへ、サイト制作へと対応できる範囲を増やしてきた。

しかし技術習得のハードルも同様に下がり、我々は開発における共通の概念やプロセスにあまりに馴染みすぎている。よほど難易度の高い実装でなければ、発生する問題がおよそ想定の範囲内におさめられる(想定不能なことは、手を動かさない人々との境界で主に発生する)。このことは、少なからぬ実存的不安を煽る。

2. ハードウェア

趣味でロボットを製作するチームにいたため、最低限実動するが故障もする簡単なプロトタイプをさっと作れる程度には手は動く。今のところ関わっているのは環境調査の実験装置製作くらいだが、ウェアラブルやドローンは手が届くところであり、長期的には工場設計などに関わる可能性もある。

不足スキルとして、3Dモデリングによる物理実装を学んでいるが、これもやがてSTEMのようなリテラシーの一つになるだろう。

もしこの領域を本格的にやるようになれば、深センという街にも引き続きお世話になることだろう。

3. クリエイティビティ

ロジックによるモノづくりが想定通りに問題をシュートするのは爽快でありエンジニアリングの分かりやすい醍醐味ではあるものの、脳の違う部位、感覚を磨きたいという衝動は小さくない。

自分の場合、思考に影響を与えるのは主に視覚と聴覚なので、そこを自分でハックする活動が一番脳内報酬が高い。いま思考プロセスにとりいれたいものには例えばタイポグラフィ、イラスト、Webデザイン、3Dデザイン、サウンドエンジニアリング、フォトグラフィー、インタラクティブアート、ジェネレーティブアート、VR映像作成などがある。

4. バイオ

人間にとって本質的にとりかえのきかないものは地球・身体・精神くらいで、次の時代に健全な状態で引き継がなければいけないものもその3つであると考えている。

地球に関する課題は影響が明快でないので、市場化されていない、つまり挑戦を待っている難易度の高い課題でもある。これまでのところ、アグリテック系のアクセラレータに参加したりカンファレンス運営に少し関わっており、今後もそういうつながりは増えそうだ。

培養肉・完全食・昆虫肉といった未来食(と便宜上呼んでしまうが)はひとまず首を突っ込み始めただけだが、地球や健康への影響という観点で改めてこの領域を基礎づけておくことは必要だと思われる。

また別プロジェクトでは環境汚染の調査メソッドに関わる論文を読み、再現のための実装や実験について議論している。

人間の限界を大きく左右する身体に関しては、地上で最もポータビリティの高い活動としてランニングを始めてみたのだが、集中して飽きずに走れるルートを探し続けるのが難しいため、山を攻め始めた。これもマイブームのアクティビティの一つに数えるというに限らず、ドローンやVRのようなテクノロジーを使って、移動という営みの可能性をもっと広げたい。

5. ソーシャルデザイン

個人でもこのまま色々と手を伸ばし続けることはできそうではあるが、一人の人間の思考と時間のリソースには限界がある。

そこでもし何かしらのプロジェクトで部分的にでも時間を共有できる人がいれば、これまで述べたことを効率的にできるし、関わってくれる人にもお返しできそうだ。またそれだけでなく、これから求められる企業やチームについての新たな知見を得られるだろう。

エストニアのe-Residencyは、一つの新しい企業形態を制度レベルに高めたもののように考えられる。ここにはグローバルスタートアップのエコシステムを作るという従来の判断基準での理解しやすさがまだあるが、ギグエコノミー、トークンエコノミー、DAO、ホラクラシー、ティール組織のような概念も普及していくので、一通り議論ができるレベルにしておきたい。

地球・身体・精神という三要素に戻るが、人間が社会的動物である以上、人間の精神の状態は、社会環境に大きく左右される。未来の社会は組織に対して、スピードに劣らず多様性を要請するだろう。極めて初期の段階の、強い目的志向をもったスタートアップは別として、多様性を担保したチームほど健全なチームであり、健全な社会の礎となる。

組織内の多様性はまた、同じ専門領域で同じレベルの人間が集まる必要は必ずしもないことを意味する。新しいプロジェクトに加われば、例えば分子の極性や溶解度曲線のような、多くの人の脳内で死んでいる基本的な知識にもまだ活用の余地があること、またいつでも我々には再学習の余地があること、時には過去に学んだことを寧ろunlearnする必要があることを身をもって体感できる。本業や専門性という概念にとらわれず断片化したリソースをどうかき集められるかがプロジェクトの成否に影響するだろう。

ほかにどのような方法で社会の多様化に関わることがありえるだろうか。例えば、クラブカルチャーは単なるアンダーグラウンド・反エスタブリッシュメントの熱狂と片付けることもできれば、技術の未来と人々の多様性(その場の特定の音楽という要素で結合されてはいるが)が現出する場ととらえることもできる。

現代の既存食で満たされた食生活に驚きを加味する未来食は、環境意識を実装していくものという側面もあるが、未来と多様性がいかに受容されるかのリトマス紙ともなる。ある歴史的経緯をもつ食文化に順応した現代人にとっては、断絶した、時に宗教的なまでに許容できないトピックとなる可能性も十分にあるだろう。

居住や移動にも多様性を求めることができる。自分の感覚からしても、デジタルノマドというライフスタイルが嘲笑の対象であった時代は既に去った。社会に多様性を素早く育み循環をよくするためには、迅速な集合と解散、移動と分散をベースにしたマインドセットが必要となることは数年前に比べて多くの人が認識しているという実感がある。

一方、定住者側の観点に立てば、放浪を続ける「まれびと」であってもローカルコミュニティと対立せずに貢献することができるような仕組みをうまく回すことが課題となるだろう。

さらに多様な社会組織を実現するだけでなく、そのような組織を当たり前にする社会設計のためのリーガルマインドも我々が磨いていく武器の一つになるかもしれない。半世紀以上前の社会環境に立脚し、新たな課題に対応できていない法規を、世論なり立法プロセスなりにはたらきかけて更新していくというシーンは増えていくだろう。



一つの目的への選択と集中やスケーリングを重んじる戦略観、定住や移住を前提とした人生観は、新卒の就活や転職活動がそうなりつつあるように選択肢の一つに過ぎなくなっていくだろう。未来にどんな風景が広がっているのかというトレンドを大きく捕まえられれば、自分がどんな未来にコミットしていくのかという予想もある程度つくような感覚がついてきた。その上で、それぞれの関わり方やロールを仕事やプロジェクトの中で選択できるようになってきたのは幸運なことだ。

The future is here. It's just not evenly distributed yet. (William Gibson)